ある地方都市で、市内随一の高層ビルを訪れた。最上階からは足下のビジネス街と、そのはるか先の山並みまで広がる大パノラマが一望できる。築年数は浅く、駅前という立地も申し分がない。一度はこんな場所で働いてみたいと、ビルのテナントをうらやんだものだ。

 ところがこのビル、地元の不動産会社やオフィス仲介会社に聞くと、メーカーや金融系企業といったテナントの間ですこぶる評判が悪いらしい。「金髪の若者が出入りしている」、「セキュリティーが心配」、「トイレが足りない」などなど…。それというのも、竣工時点から人材派遣会社や資格学校、医療モールといったテナントがオフィスフロアの大半を占めているためだ。しかもこのビルでは、毎朝、整理員が必要なほどエレベーター前が混雑するという。貨客用エレベーターが6基しかないところに、人の出入りが激しいテナントを誘致したから、無理もない。

 ビルに入居していたある金融系企業などは、大幅な賃料アップとなるにもかかわらず、近くの新築ビルへ移転を決めてしまった。関係者によると、「オフィスとしての風格を求めた」からだ。体面を気にする同社は、ビル内を行き交う“ジーンズ組”の多さに嫌気が差したようだ。退出を検討しているテナントは、この会社以外にもあると聞く。竣工初期のリーシングの重要性を再認識させるエピソードだ。

 一方、本誌10月号で紹介した日本生命札幌ビルの事例をみると、ビルオーナーの戦略の巧みさがよく分かる。9月27日に竣工した同ビルには、野村証券、松井証券、東京エレクトロン子会社など約50社のテナントが入居し、8割の稼働率を確保した。相場の2倍近い賃料にもかかわらずリーシングが成功したのは、景気回復だけが理由ではないようだ。

 当初は市内で空前の規模に対して稼働率確保が危ぶまれたという。しかし、「じっくり焦らず、テナントの質を見ながら誘致を進めていった」(日本生命保険)。この結果、東証一部上場などの有名企業が集まった。エレベーターを16台用意したうえ、入居希望が多いコールセンターをあえて5社程度に絞ったのは、混雑を避けてテナントの満足度を確保するためだ。長年オフィスビル運営を手掛けてきた同社のこだわりが、隅々まで生きている。

(本間 純)