今から10年前に、不動産投資がこれだけ活発になることを予測できた人は少ないだろう。特に、海外の資金が日本の市場にこれだけ流れこんでくるとは、ほとんどの人が考えもしなかったに違いない。

 弊社が発行していた雑誌「日経リアルエステート・東京」(1994年休刊)が、1994年10月号で「2001年の不動産市場」と題して、約10年後の不動産市場の行方を予測したことがある。このなかで、海外の投資家が日本の不動産市場に参入する際の障害として、高すぎる地価、不透明な価格形成、情報公開の低さなどを挙げていた。また、ある英国系の不動産会社は「6カ月前の通告でテナントが退去できる日本の賃貸市場の慣行」を指摘していた。テナントがいつでも出ていける賃貸借契約は、リスクが大きいと見ていたわけだ。

 その後、地価は下がった。収益を重視する考え方が広まって、取引価格も理解しやすくなった。不動産投資信託(REIT)が上場したこともあって、情報公開もかなり進んだ。しかし、賃貸借契約の慣行は残った。現在も日本の賃貸オフィスビルでは、6カ月前の通告でテナントが退去できる普通借家契約が一般的だ。それでもいま、海外の投資家が普通借家契約を障壁として考えているようには思えない。これはなぜだろうか。

 海外投資家の動向に詳しい不動産コンサルタントに聞いてみた。結局、日本の不動産市場の魅力に比べて、普通借家契約はそれほど大きな障壁ではないと考えたようだ。「普通借家契約を定期借家契約に変更しようとすると、テナントに有利な条件を提示する必要が出てくる。テナントも、移転コストなどを考えるとそう簡単には退去できない。それなら、定期借家契約で賃料を固定するのではなく、2~3年ごとの契約更改で賃料が上がることに期待しようと考えている」。

 国内のデベロッパーやビルオーナーの多くが、定期借家契約にそれほど積極的になっていないのも同じ理由だろう。あるデベロッパーの仲介担当者は「賃料が低い水準にある局面で、長期にわたって契約賃料を固定するのは不利になる」と話していた。ただ、先のコンサルタントによると、海外の投資家がテナントからの賃料値下げ要求に応じる代わりに、普通借家契約に中途解約ができない旨の特約を付けるケースが多かったそうだ。法律上、特約が有効かどうかは別として、これは事実上の定期借家契約だ。契約期間を固定して、リスクを軽減したいという意向はある。これから賃料水準が上昇すれば、高い賃料を保とうとして、定期借家契約の導入に積極的なオーナーが増えてくるのだろう。

(徳永 太郎)