「なんでそんなことを答えなきゃいけないの」――。オフィス移転のうわさ話を耳にしてテナント企業に事実を確認すると、こんな反応が返ってくることがある。日経不動産マーケット情報の「オフィスビル賃料調査」を担当するなかで、当初はいろいろなことに戸惑った。取材を断られることも多く、電話で問い合わせをしたときに途中でガチャンと切られた経験もある。小心者の私は、そんな態度をとられるたびにめげてしまっていた。

 ところが、最近は少し様子が変わってきた。質問に答えてくれる取材先が増えたのだ。時には、「みなさんのお役に立つように頑張ってください」などと励まされることもある。取材で質問する内容はこれまでと変わらない。テナントの対応に変化を感じるようになったのは、今年の初めごろからだ。日本の景気の回復が進んでいると言われ始めた時期と一致する。

 そのころから、賃借面積の縮小を目的とするテナント移転が減ってきた気がする。交通利便性の向上やビル設備のグレードアップ、業容拡大によるオフィス拡張などを目的とした移転が増えてきた。2年ほど前に中規模ビルに入居したテナントが、最近になって大規模ビルへ移転した。さっそく、移転理由を尋ねてみた。以前の取材では冷たくあしらわれたが、今度はていねいに答えてくれた。移転情報の公開が企業のイメージ向上につながると判断したのかもしれない。

 ここにきて、「景気の先行きは楽観できない」という見方も出てきた。私がスムーズに取材を進めるためにも、景気の拡大基調が続いてほしいものである。

(田辺 直子=フリーランス)