NHK総合テレビの「その時 歴史が動いた」をご存じだろうか。歴史を大きく動かした人たちの決断や苦悩を、ドラマ仕立てで見せる番組だ。番組名の強さとその内容にひかれて、ときどきチャンネルを合わせてしまう。歴史が動くほど大きな話ではないが、記者の仕事をしていると年に何度か、「そのとき山が動いたのだなあ」と感じる瞬間がある。2003年7月に民営化された、東京国際フォーラムの取り組みを聞いたときもそうだった。

 2003年1月、利用者からわかりにくいと不評だった館内の誘導サインを変更するために、高橋都彦氏(現、株式会社東京国際フォーラム執行役員・管理部長)は設計者が住むニューヨークへ飛ぶ。建設当時からの設計者との約束で、サインは勝手に変えられないことになっていたのだ。高橋氏は直談判の席で「実現できなければ建物を壊す話が復活する。そうなれば元も子もないではないか」と話し、設計者は変更を受け入れた。ちなみに東京都は、民営化に先立って東京国際フォーラムの建物を解体して造り直すことを本気で検討していた。

 わかりにくいという意見がたくさん寄せられながら、長い期間、変えることのできなかったサインだ。信念をもって直談判に臨んだそのとき、東京国際フォーラムの歴史が動いたのだと思う。それにしても集客目的の施設で、人を導くためのサインが利用者から「わかりにくい」と評価されたのは皮肉だ。

 東京国際フォーラムでは、サインを変更したことに加えて空きスペースの活用などを積極的に進めた。丸の内地区の再開発の影響もあって、2003年度の年間来館者は前年度に比べて300万人増えている。

(菅 健彦)

■関連記事
東京国際フォーラムの売上高13%増、空きスペース活用など寄与
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp
/NFM/free/NFMNEWS/20041020/119161/