不動産投資ビジネスにおいて、不動産鑑定評価の意味合いが変わりつつある。かつては取引価格を決める際の参考値として利用されていた。REIT(不動産投資信託)が登場してからは、利益相反対策の役割を負わされ、取引価格の正当性を証明するための唯一の指標となった。

 金融商品取引法の施行によって、不動産鑑定評価は価格の正当性を証明する指標としての役割がますます強くなる。金融商品取引法では、自社で運用するファンド(運用資産)間での取引が禁止される。ただ、権利者の同意を得たうえで、「合理的な方法により算出した価額」による取引であれば認められることになった。不動産取引において「合理的な方法により算出した価額」とは、事実上、不動産鑑定評価しかない。

 かつて、本誌の連載コラム「不動産マーケットの飛耳長目」のなかで、黒柴ハル男氏が次のような指摘をしていた。「不動産の実勢価格と自らの鑑定評価額の乖離に悩む不動産鑑定士がいる一方、希望どおりの鑑定評価額を『偽装』できることをアピールして鑑定評価の仕事を獲得する鑑定業者もいると聞く。人命にかかわる耐震強度偽装と比較することはできないが、一級建築士、公認会計士に続く、国家資格保有者の信用失墜問題に発展しないことを祈る」(2006年2月24日掲載、「不動産鑑定評価の『偽装』が心配だ」から抜粋)。

 当時は、建築士による耐震強度偽装が大きな問題となっていた時期だった。しかし、黒柴氏の懸念は、いまも続いているのではないか。偽装という悪質なものでなくても、不備のある鑑定評価によって価格の正当性が疑われる取引が相次げば、鑑定評価の信頼性が失われてしまう。ファンド間売買に特例を認めた制度そのものも、根本から揺さぶられることになる。

 この7月、金融商品取引法の政令案に寄せられたパブリックコメントに対する金融庁の回答が公表された。このなかで「合理的な方法により算出した価額」として、複数の鑑定評価を取得する方法なら大丈夫かといった内容の質問があった。金融庁は「合理的な方法に該当する」と回答したうえで、次の一言を添えていた。「この場合、当該不動産鑑定が信頼に足りるものであることが必要となるものと考えられます」。評価基準に基づいた正確な鑑定であることが必要だと言っているのだろうが、どこか「ゆめゆめ信頼を失うような事態を引き起こさないように」と鑑定業界に警鐘を鳴らしているかのように思えた。

徳永 太郎