なお、本書発行から約1年後の1990年3月、悪名高い総量規制(土地融資の抑制通達)がきっかけとなり日本のバブルは崩壊する。弱小政党の立場ながら、野党をリードして自民党の橋本政権に地価対策を迫った、当時の菅氏に“戦犯”として責任の一端を指摘する声もある。

 しかし本書を読むと、彼の本意が、総量規制のような乱暴な対症療法にないことがよくわかるだろう。ゆがんだ税制と複雑に絡み合った規制のため、企業や個人が有効利用せずに抱え込んだ都市部の土地。これらに流動性を与えて住宅供給を増やすために、当時の菅氏は税制改正、地価算定基準の統一、ゾーニング(用途地域指定)の強化といった対策を複合的に実行することを提案している。

70年代から土地問題を追及

 全体としてやや増税の方向を向いているのが気になるが、土地税源の地方移管、面積基準による相続税の控除、税制に代わり都市計画に基づいた希少農地の保護など、それぞれの政策の細部まで綿密に配慮し組み立ててある。それもそのはず、菅氏は1970年代から土地問題を追い続けているのである。

 彼は大学卒業後、特許事務所勤務の傍らで「より良い住まいを求める市民の会」を結成。1972年に宅地供給をテーマとした論文「土地信託公社案」を発表した。翌年には後に師となる市川房枝議員を講演に招き、農地の宅地並み課税を訴える集会を開いている。

 菅氏の本を読むと、これらが執筆された80年代バブルの当時とは経済状況が全く異なるにもかかわらず、日本の大都市が当時と同じ構造的な問題を抱え続けていることに気付かされる。建物の高層化は進んだが、全体で見るといまだに利用効率は低く土地の供給量は限られる。サラリーマンの年収倍率で計った東京の住宅(新築マンション)価格は10倍と、今でも決して安くない。

 また不動産価格の透明性は相変わらず低く、直近のミニバブルでは一等商業地の取引に引きずられる形で、本来は収益力のない周辺の住宅地の価格までつり上げる現象が再度繰り返された。複雑に絡み合った規制を徹底的に整理し、不動産市場の構造的な問題にメスを入れようとした菅氏の姿勢は、今も評価できるのではないだろうか。





 以下、「新・都市土地論」に掲げられた菅氏の九つの提言を引用しながら、論旨を簡単に紹介してみよう。


提言1 土地保有税の適正化
 固定資産税評価額を実勢価格に近付ける

提言2 特別土地保有税の有効活用
 休眠状態となっていた法律を活用し、遊休地に対する課税を強化

提言3 土地増価税の創設
 土地譲渡益へのキャピタルゲイン課税(その後の土地譲渡益課税)

提言4 土地相続税の新設
 相続税から土地(不動産)を切り離し、他の金融資産と税率を均等化

提言5 地価認定の一本化
 公示価格(国土庁)、路線価(国税庁)、固定資産税評価額(自治体)を統合

提言6 地価の自己申告制の導入
 課税標準となる地価を土地所有者自身が申告

提言7 土地情報の整備、公開
 売買価格、課税基準額などをコンピュータ登録し、登記情報とあわせて公開

提言8 土地行政の一本化
 国土庁(現・国交省)に、地価認定や土地情報の整備・公開業務を一元化

提言9 すべての土地税を地方(=自治体)税に
 街作りに直接の責任を持つ自治体に税収を配分し、その成果を還元する



 菅氏は、提言のうち冒頭から四つまでを地価高騰抑制のための税制改正に充てている。このうち提言2(特別土地保有税)と提言3(土地譲渡益課税)については、1991年、菅氏の社民連など4党の野党提案による税制改正として日の目を見た。ただし、すでにバブルがピークを過ぎた当時では遅きに失した感があり、その後の景気後退を受けて順次執行停止となっている。

 提言4の相続税を巡っては、今も繰り返し起こる議論がある。相続税の評価基準となる路線価は、住む人への配慮から公示地価の約8割に抑えられている。現金や株などの金融資産を売り、不動産に換えたほうが税金の支払いが少ないことから常に実需を伴わない土地需要があり、「使わなくても、持っているだけで得」という状況から流動性が損なわれたと菅氏は指摘する。

 提言6の「地価自己申告制」には少々説明が必要だろう。提言のベースとなった台湾の「申報地価」制度は、公示地価の80~120%の範囲で、課税基準となる地価の自己申告を土地所有者に認めるものだ。公簿上の地価は一度決まったら、持ち主が変わらない限り維持される。

 これにより土地所有者には、(1)地価を実勢価格より安めに申告して毎年の固定資産税を低額に抑える代わり、土地売却時に高い譲渡益課税を支払うか、(2)地価を実勢価格に近い水準で申告して、高めの固定資産税の代わりに譲渡益課税を低く抑えるか、の選択が生まれる。少々トリッキーに見えるが、所有者の負担を適度に抑えつつ、地価上昇の果実を税として公共に還元する仕組みとしてはよく考えられている。