金融危機からの力強い復活を遂げたドイツの動向は、カンヌでも注目の的だ。2010年、同国のGDP成長率は20年前の東西統一以来最高の3.6%を記録。不動産取引高は前年比54%の増加となり(米Real Capital Analytics調査による)、国外への投資も相変わらず盛んだ。講演会場では、ドイツ人スピーカーとの名刺交換を求めて長蛇の列ができる光景が繰り返された。

 一方で、世界的な金融業界への締め付けの動きは、欧州最大の市場である同国にも及んでいる。ポピュラーな投資商品である不動産オープンエンドファンドに対しては、1年あまりの議論を経て規制の内容が固まった。日本を含む海外市場で積極的な投資を展開してきたファンドの動きに、ブレーキがかかることも懸念される。以下、MIPIM会場でインタビューした複数の大手ファンドのマネジャーの話を基に、最新の動きを紹介する。

3銘柄が解散決定、日本の不動産も売却へ

 ドイツのオープンエンドファンドは同国の法律に基づく投資信託の一種だ。非上場だが、保有不動産の鑑定価格をベースにした価格を公開しており、金融機関の窓口でいつでも購入や換金ができるしくみだ。運用資産総額は860億ユーロ(約10兆円)に達し、J-REITよりも大きい市場となっている。金融危機の発生後も、混乱した株式市場からの退避先として個人投資家からの資金流入が続いている。日本では2010年、ドイツ銀行グループのRREEFによる積極的な物件取得が目立った。

 一方で、中規模以下のオープンエンドファンドのなかには、金融危機直後、大量の換金売りに直面して現金不足に陥り、一時償還停止を余儀なくされる銘柄が出た。さらに2010年始め、政府が規制強化を検討していることが伝えられると投資家離れが加速。いまや償還を停止中のファンドは上位20銘柄のうち半数に及ぶ。ドイツの投資信託法は償還停止の期間を最長で2年間と定めているが、なかにはこの期間を使い果たし、ついに解散決定に追い込まれたファンドも3銘柄ある。具体的には、米Morgan Stanleyのドイツ法人が運用するP2 Value、英Aberdeen Asset Management傘下のDegi Europa、独KanAm Groupが運用するドル建てファンドのUS-grundinvestだ。このうちP2 Valueは東京・天王洲のシティグループセンターや大阪の伊藤忠ビルなど、取得価格で約600億円相当を日本国内に保有している。



●主なドイツのオープンエンドファンドの状況
資金償還銘柄運用主体日本での投資事例
可能Hausinvest GlobalCommerzbank (CommerzReal)コメ兵新宿店
可能Deka-Immobilien EuropaDekaBank (Deka Immobilien)コンセプト青山ビル
可能Deka-Immobilien GlobalDekaBank (Deka Immobilien)アップルストア心斎橋
可能Westinvest InterselectDekaBank (Deka Immobilien) 
可能Grundbesitz EuropaDeutsche Bank (RREEF) 
可能Grundbesitz GlobalDeutsche Bank (RREEF)ユニクロ心斎橋店
可能UBS (D) Euroinvest ImmobilienUBS 
可能Unilmmo: DeutschlandUnion Investment 
可能Unilmmo: EuropaUnion Investment渋谷デュープレックスタワー
一時停止Unilmmo: GlobalUnion Investmentグラスシティ晴海
一時停止AXA ImmoselectAXA 
一時停止CS EurorealCredit Suisse 
一時停止TMW Immobilien WeltfondsPrudential Finantial (TMW Pramerica)バーニーズNY横浜店
一時停止SEB ImmoinvestSEB(SEB Investment)ニューシティ多摩センター
一時停止DEGI InternationalAberdeen Aseet Management (DEGI)ラ・ポルト心斎橋
一時停止KanAm Grundinvest FondsKanAm Group 
清算決定DEGI EuropaAberdeen Aseet Management (DEGI) 
清算決定KanAm US-grundinvest FondsKanAm Group 
清算決定Morgan Stanley P2 ValueMorgan Stanleyシティグループセンター
【注】BVI(ドイツ投資信託協会)などの資料を基に本誌作成。一般向けファンド(Publikumsfonds)の2011年4月5日時点の状況


 こうした騒ぎのなかで、割を食ったのが年金と同様、生活の糧としてファンドの配当を受け取ってきた多くの個人投資家である。

 そもそも事の発端は、株価の下落に慌てた年金などの機関投資家が、現金の確保とポートフォリオのリバランスのため、不動産へのエクスポージャーを急激に絞ったことにある。この動きが資金の引き出しという形でオープンエンドファンドに波及した。なかでもドイツ国内での窓口販売網が弱く、その分機関投資家の比率が高かったP2 Valueなどの銘柄を直撃。同じファンドに投資していた個人の資金もろとも口座に凍結される事態になった。投資口は、物件の売却代金を元手に今後3年程度かけて精算されることになるが、価値の毀損は避けられない。

法律で長期保有を義務付け、機関投資家を隔離

 2011年2月にドイツ国会で成立した投資家保護法は、他の投資商品と並んでオープンエンドファンドの扱いに多くのページを割いている。規制内容は多岐にわたるが、その主な狙いは機関投資家の短期売買を閉め出し、前述のような個人投資家を保護する点にある。施行は2013年で、並行して進む投資信託法の改正とともに業界の枠組みを大きく変えることになる。

 新法では、投資家に投資口の長期保有を義務付ける条項が導入された。購入してから2年のロックアップ期間が設定され、この間、資金の引き出しは半年間で最大3万ユーロ(約360万円)までに限られる。これ以上の額を引き出したい場合は、12カ月前にファンド側に解約予告を通知する必要がある。多くの個人投資家は3万ユーロの制限におさまるが、流動性を重視する機関投資家にとっては事実上の退場命令といえる内容だ。また、これまで一律にポートフォリオ全体の50%まで許可していたレバレッジ(借入比率)は、2015年までに最大30%の水準まで引き下げることを求めた。

 同国には一般向けのオープンエンドファンド(Publikumsfonds)とは別に、機関投資家専用のオープンエンド型不動産投資信託であるスペシャルファンド(Spezialfonds)が存在しており、これらについては従来通り最大50%のレバレッジを認めた。新法の条文からは、様々な規制を通じて個人の資金を安全な場所に隔離しようとする当局の考えがうかがえる。

 気になるのはオープンエンドファンドがこれまで手がけてきた海外投資への影響だ。今回の取材では、大手ファンドの投資責任者たちから直接、今回の規制に関して話を聞くことができた。

 シンガポール政府投資公社(GIC)出身で、2002年からスウェーデン系金融機関SEBの独子会社、SEB Investmentでマネージングディレクターを務める蔡財順(Chua Choy-Soon)氏は、規制導入を前向きにとらえている。本誌のインタビューに答えた同氏は、「オープンエンドファンドは本来長期投資を目的にした商品だったが、市況の混乱を機に投資家の間で反射的な反応が広がり、本来の姿が見失われた。今回の法律はいわば“人工的”な手段で本来の姿を取り戻し、投資家を啓発しようとする試みだ」と語った。

 同社が20年来運用を続けてきたSEB ImmoInvestは、リーマン破綻直後の2008年10月にいったん資金償還を停止。その後、法改正の動きを受けて混乱が広がると2010年5月に償還停止を発表した。Chua氏は、規制の強化によりオープンエンドファンドへの資金流入は当面横ばいで推移するとみる一方で、年金など機関投資家の資金の受け皿としてスペシャルファンドへのニーズが高まると予測している。同氏は、すでに運用中の欧州版スペシャルファンドに加え、アジアファンドを通じた海外投資を拡大する意向を本誌に明かした。

 また、昨年に続いて本誌の取材に応じたRREEFのオープンエンドファンド責任者、Ulrich Steinmetz氏は、従来通りに海外投資を継続する意向を強調する一方で、「ユーロ圏外での投資妙味は従来よりも薄れる可能性がある」と話した。これはグローバル投資での借り入れをめぐるテクニックに関係する。

 ドイツのファンドがユーロ圏外に投資する場合、租税条約の内容にもよるが、多くの国では税金のコストが国内投資の場合よりも高くなる。そこで、ユーロ圏外での物件取得に際しては積極的にレバレッジを使って利回りを確保するとともに、賃貸収入に対する利払いの割合を増やして節税効果を高める方法がとられてきた。レバレッジ規制は個別物件ではなくポートフォリオ全体にかかるので、グローバルファンドではドイツ国内での借り入れ額を抑えて、その分、海外資産のレバレッジを高めに設定することも可能だった。2015年からはポートフォリオ全体でのレバレッジが引き下げられるため、こうした柔軟な運用は難しくなりそうだ。

大手ファンドが日本の震災に反応

 こうして規制強化の逆風が吹くドイツのファンド業界だが、筆者が取材した大手ファンドに限って言えば、海外投資への意欲は衰えていない印象を受けた。保守的な運用方針をとるファンドのレバレッジはもともと30%を下回っている。

 最大手の一角を占めるUnion Investmentのマネージングディレクター、Karl-Joseph Hermanns-Engel氏は「海外分散投資は大きな潮流であり、規制のせいで投資を絞ることはあり得ない」と言い切る。同社はドイツ国内、欧州圏に投資する2つのファンドに加えて、世界中に分散投資するUniImmo: Globalを運用している。こうした強気の背景には、母体である地域金融機関の強い窓口営業力に支えられ、金融危機後も資金流入が続いている事情がある。

 ただし、Unionは3月17日には東日本大震災の影響を見極めるため、Unilmmo: Globalファンドの一時償還停止を発表している。東京の資産は同ファンドの14%。2010年2月のチリ大地震で建物被害を経験している同社にとっても、原発事故の併発は想定外の出来事だったようだ。

 Unionと並ぶ大手ファンドのDeka Immobilienも、震災を受けてプレスリリースを発表している。同社のファンドが東京、横浜、大阪に保有する資産の物理的被害がないこと、グローバル投資によるリスク分散のメリットを強調したうえで、世界の不動産市場にとって日本が引き続き重要であるとの見方を示している。

本間 純