ヒューリック ドリーム
ヒューリック ドリーム
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 ヒューリックは富士銀行(現みずほ銀行)系列の不動産会社、日本橋興業として誕生し、西浦三郎氏の社長就任後に社名を変更して上場した。「ヒューリックの成長をどう見るか」という質問に、ある銀行関係者は「銀行店舗という安定したテナントがいて、駅近くの一等地にビルがあれば、誰でもできることだ」と答えた。しかし、誰でもできることなのだろうか。

 ヒューリックと同じような生い立ちの銀行系の不動産会社はいくつもあるが、これほど成長した企業はない。みずほ銀行とは別のメガバンクのOBで、銀行系不動産会社の実態を知る人が次のように説明する。

 「普通の銀行OBは上場しようなどとは思わない。なぜなら銀行の資産管理会社だから。銀行総務部の出先であり、OBの受け入れが目的の下請けみたいなもの。求められるのはフォア・ザ・バンク(銀行のために)。銀行と一体で、ぬるま湯に漬かっていたほうがよいと考える」

 「系列の資産管理会社が上場するということは、銀行の管理が及ばなくなり、銀行の資産を脅かされることに等しい。そんなことを銀行はやってほしくないし、その必要もない。それに、上場して不動産会社として市場に出るということは、融資で付き合いのある不動産会社に弓を引くということでもある。波風を立てる必要はないというのが、大方の銀行OBの考えることだ。西浦さんには先見の明があった。銀行系の不動産会社としてあるべき姿を描いた」

 書籍「ヒューリック ドリーム」を刊行するにあたり、日経不動産マーケット情報は西浦三郎氏の仕事ぶりについて数々の証言を得た。その結果、浮かび上がったのは、成長へのあくなき挑戦、計画や戦略を徹底的に詰める、意思決定が早い、自ら動く、部下思い、などで形容される姿だ。

 なぜ西浦氏はヒューリックをここまで成長させることができたのか――。日経不動産マーケット情報の結論は次の通りだ。

・「こうなるべきだ」という将来像を社長就任時点で明確に描いた。
・ 施策の順番を意識し、まずこれをやるとこれが可能になり、次にあれができるとプラスの連鎖を働かせた。
・ 企業にとって、高収益の実現が何よりも重要であることを認識していた。
・ 判断と実行のスピードを武器にして競争力を高めた。
・ 事業をけん引できるプロを外部から迎え入れ、少数精鋭主義で生産性を高めた。
・自分の考えを繰り返し社員に伝え、取引先企業とも価値観を共有して強い集団にしていった。
・「やること」と「やらないこと」を決め、大手や同業他社との違いを明確にして成長分野で半歩先を進んだ。
・「こうなるべきだ」の根底に、社会や人の役に立ちたいという強い思いがあった。特に、成長の原動力となる社員を大事にした。

→書籍「ヒューリック ドリーム」で詳細をご覧になれます。