今年で29回目を数える不動産業界の祭典、MIPIM(ミピム)が4日間の日程を終えて3月16日に閉幕した。不動産市況のバロメーターともいえる本イベントの参加者数は、昨年比7%増の2万6000人。本誌が取材を始めた2009年は1万8000人だったから、それから9年で8000人も増えたことになる。全参加者のうち、5400人を機関投資家やファンドなど広い意味での投資家層が占めた。

 約100カ国の500都市から業界のプロフェッショナルが集まる同イベントは、主催者が「不動産業界のダボス会議」に例えるほど国際色豊か。英国(2157人)、フランス(1607人)、ドイツ(973人)からの参加者に加えて、今年は米国からの参加者が昨年比1割増の550人となり、存在感を示した。日本は約110人と、アジアで最も多くの参加者を南仏の地に送り込んだ。

 MIPIMの公式ガイドブックに掲載された講演やパネルディスカッション、ランチイベントなどの数は大小合わせて126。このうち17のセッションが不動産テック関連に充てられ、今年のメインテーマである「Urbanization(都市化)」関連と並んで大きな扱いを受けた。グーグルのグループ企業がカナダ・トロントで手がけるスマートシティーの実験が話題となったほか、自動運転車の普及が交通システム、ひいては不動産価値にもたらす影響などが討論された。

IoT技術を扱った「IoT: human connection in every building」の様子(写真:本誌)
IoT技術を扱った「IoT: human connection in every building」の様子(写真:本誌)
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 こうしたテック関連イベントのなかでも、目玉イベントとなったのが2日目にメインホールで行われた起業家コンテスト「Startup Competition」だ。

 その前身から数えて今年で4回目のMIPIMを迎えたStartup Competitionは、米国のスタートアップ・アクセラレーターであるMetaProp NYCと共同主催で行われた。アジア(香港)、米国(ニューヨーク)、欧州(ロンドン)でそれぞれ予選を勝ち抜いてきた九つのベンチャーが決戦の舞台に登場し、住宅や建設、環境技術といった分野でそれぞれのビジネスモデルとアイデアを競い合った。

 今年の聴衆の数は昨年の30人から400人へと急増。英語で不動産テックを意味する「Proptech(プロップテック)」の呼び名もすっかり定着し、この分野への急速な関心の高まりを示した。

1km先で読み取れる切手大のデバイス

 しのぎを削るライバルを押さえてStartup Competitionの決戦を勝ち抜いたのは、ノルウェー発のIoTベンチャーだ。「世界の携帯電話は合わせても数十億台。我が社のセンサーデバイスは100億個、1000億個をめざす」とErik Færevaag(エリック・ファーレヴァーグ)氏は壇上から語りかけた。

 2013年創業で社員45人あまりのこの半導体デバイスメーカーは「Disruptive Technologies(ディスラプティブ・テクノロジーズ)」。“破壊的革新をもたらす技術”を意味する、大仰な社名を持つ。目下唯一の製品は縦横19mm×厚さ2mmのセンサーデバイスで、温度センサー、距離センサー、振動センサーの3種類が用意されている。驚くべきはその性能である。

 小さな切手ほどの大きさにもかかわらず、無線通信距離は屋内で50m、屋外で400m〜1kmを実現。内蔵の電池はなんと15年も持続し、これまでの大きくて重いセンサーデバイスのように電池交換も外部電源も必要ない。もちろんICタグのようにリーダー装置を当てて読み取る手間も不要で、窓、ドア、配管など必要な場所にセンサーを貼り付けておけばいい。ユーザーは1カ所にとどまったまま、何千、何万というデバイスから信号を受け取れるのだ。

Startup Competitionに登壇したDisruptive TechnologiesのCEO、Erik Færevaag氏 (写真:ReedMIDEM)
Startup Competitionに登壇したDisruptive TechnologiesのCEO、Erik Færevaag氏 (写真:ReedMIDEM)
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 ディスラプティブは米Texas Instruments出身の創業者を中心に、これまでに14のパテントを取得。今年8月の本格生産に向けて100を超えるパイロットプロジェクトをユーザー企業と展開しており、すでに30万個以上の注文を獲得した。現在はノルウェー国内に自社工場を建設中で、欧州に加えて米国と日本での販売も視野に入れている。

 不動産分野をカバーする前はエレクトロニクス専門誌の記者だった筆者。ディスラプティブの公称スペックがにわかに信じがたいので、展示会場で少し詳しく中身を聞いてみた。電池が面積の9割を占め、残ったスペースには32ビットのプロセッサーを2個搭載。通信には免許不要の800MHzもしくは900MHz帯(サブギガ帯)を使い、独自のプロトコルで通信している。主な制御機能はサーバー側に置き、環境の変化に応じて柔軟に通信手段を変化させているようだ。

 大量生産により最終的には1〜3ユーロ程度の価格をめざすと思われるが、当初の価格は未定。「個数に応じた年間ライセンス契約で、ユーザーの負担を軽減することも考えている」(同社)という。

Startup Competitionの参加者たち(写真:ReedMIDEM)
Startup Competitionの参加者たち(写真:ReedMIDEM)
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 不動産業界では、ビル管理のために空調、配水、照明、警備などあらゆる用途で監視、メンテナンスに人手をかけている。ホームセキュリティーのような用途はもちろん、建設プロジェクトの資材管理、安全管理、輸送といった用途にも応用が利きそうだ。協業ベンダーとともに構えたディスラプティブの展示ブースでは、実際の室内画像から3Dウオークスルー映像を作成する測定機器やソフトウエア、あるいは空調機器の設定をセンサーデバイスにより最適化するソリューションなどが展示された。

 同社の製品が主張する通りの性能を発揮できるとすれば、不動産・建設業界にとどまらず、小売りや流通などの業界にも破壊的なインパクトをもたらすかもしれない。

本間 純